広島カープは、原爆が投下された8月6日の公式戦にて、
カープの選手や監督全員が背番号『86』に統一して試合に臨むことがわかった。
尚、8月6日はマツダスタジアムで阪神戦の予定となっています。
そもそも、背番号『86』を付けている選手は誰なのでしょうか?

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現在、カープの背番号『86』を付けている人はこの人です。

菊地原 毅

元々は背番号「36」でしたが、2014年に『86』に変更。
そして今年も『86』を付けています。


過去においては、阿部 慶二が1989年から2010年に退団するまで、
ずっと背番号『86』を守ってきていました。

その背番号を2014年に菊地原が引き継いだ、というわけです。


では、菊地原 毅選手は一体どんな選手だったのでしょうか。

菊地原 毅(きくちはら つよし)
1992年のドラフトにてヤクルト・広島カープの競合の末、
ドラフト2位で広島に指名されて入団しました。

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しかし、入団後は実に1993年から1996年の4年間1軍での登板できない日が続きました。

そして1997年に1軍初登板となります。
しかし、それも1試合のみとなり、再び2軍生活へ。

結局、1998年から2000年にかけても大半を2軍での生活となりました。

2001年には貴重な左腕としてフル登板し、実に78試合に登板。
当時の日本プロ野球シーズン最多登板対タイ記録を達成することになりました。
しかし、その影響か2002年には肩の痛みにより4試合の登板のみとなってしまいました。

本当に、投手の肩は消耗品といったところか、
急激な登板は今後の野球生命にも影響してしまうのですね。

2003年には30試合に登板し、防御率3点台をマーク。
見事な復活劇となりました。

2004年も左の中継ぎとしてチームを支えたが、
チームの若返りを目指す方針により、
山崎浩司・上村和祐との交換トレードによりオリックスへ移籍することになりました。


オリックス時代

オリックス移籍後、2005年に大ブレイク。
33ホールドの防御率1.38という抜群の成績を修め、
最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得しました。

2006年は前年ほどの活躍は出来なかったものの、
45試合に登板し、22ホールドの成績を修めた。

同年、オールスターファン投票で中継ぎ投手部門にて
リーグ1位となり、オールスター初出場となりました。

2007年は28登板、2009年は45登板と中継ぎの要として活躍。

2010年は1軍と2軍を行ったり来たりの生活となり、
同年オフに、小島心二郎との交換トレードで古巣人島への復帰となりました。





広島復帰後

2011年に5試合に登板したものの、
9月13に理のヤクルト戦で左アキレス腱断裂の大怪我を負った。
結局、この怪我の影響で戦力外通告を受け、2012年には育成選手となりました。

2012年は支配下選手登録となったが、1軍登板はなかった。

2013年は7月2日の延長11回に登板し、無失点に抑えた直後、
チームが勝ち越しをしたため、2007年以来、実に6年ぶりの勝利投手となった。

同年、前田智徳と共に引退表明し、
引退試合となった10月2日の阪神戦で新井貴浩を三振に抑え、
試合後に胴上げをされました。


引退後は広島カープの3軍コートへと招聘され、
以降、2014年より3軍コーチを務めています。



現在、好調の広島カープ先発陣。
しかし、中継ぎは少し安定感の欠ける成績となっています。

カープの2軍コーチは、現在、佐々岡真司と澤崎俊和が務めており、
佐々岡真司の手腕がなかなか頼りになるとウワサされています。

そんな2軍へ生きの良い選手を送り込めるよう、
3軍コーチで奮闘していることでしょう。


そんな菊地原のつけている背番号『86』。

8月6日はどのような気持ちで迎えるのか、
それは本人のみぞ知る、こととなる。

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